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カクヒトは、キャンパスノートを生活の一部として大切に使ってくださっている方に皆様にインタビューし、使い方や書くことへのこだわりをご紹介しています。

川越 伸二さん

日本有数の松葉ガニ漁船の船長とキャンパスノート

冬の日本海の味覚といえば、松葉ガニ。その松葉ガニ漁に欠かせないアイテムとして、キャンパスノートが活躍しているという情報を得て、日本有数の松葉ガニの漁獲量を誇る兵庫県の浜坂漁港を訪ねました。第一幸栄丸の船長 川越伸二さんにお話を伺いました。

兵庫県浜坂漁協所属 第一幸栄丸 船長
川越 伸二さん

松葉ガニ漁獲量日本一を誇る兵庫県でも随一の腕を持つカニ漁師。漁師歴は35年。現在の第一幸栄丸は浜坂漁港でも最大規模(95t)。

うわ、すごい量のノートが!

いつもは船の中に置いているんだが、今日は取材だっていうんで持ってきたんだ。

全部、船の中に?

そう。船に置いて何度も何度も見返すもんだから、こんなに汚くなってしまったがね。漁師になって35年、船長になって30年経つけれど、特に船長になってからは、このノートがあるおかげでやってこられたと言ってもいいくらい、自分にとっては大切なノートだ。

そのお話、ぜひお聞きたいのですが、その前にまず漁師さんの一年とはどのようなものなのか、教えていただけますか。

水産資源を保護するために、松葉ガニの漁は毎年11月6日から3月20日までと決まっている。その後、4月以降6月まではホタルイカ、ハタハタ、エビ、カレイなんかを獲る。その後、夏は船をドッグに入れて(整備して)、8月以降10月末までは函館を拠点にしてイカ漁に行く。年間の漁獲高が今は3億円程度だが、約3分の2はカニだな。

一年中、漁をしているんですね。

でも、やっぱり何と言ってもカニの時期が一番忙しいな。特に11月12月は忙しい。松葉ガニは底引き網で獲るんだが、1時間網を引っ張って、巻き上げるのに20分くらい、また次の網を入れるのに15分くらい、だいたい1網が2時間のサイクル。忙しい時は、だいたい一日に12回、網を引く。

それはつまり、寝ないで漁をするということですか?

あまり寝てないな。10分程度の仮眠をとりながら、一番長いときは4日間くらい獲り続けるときもある。きついし、重労働だし、過酷だ。でもな、うちの船は乗組員が10人いるが、その人らの給料は水揚げ量の歩合制。獲れたら獲れただけ収入になる。自分らの生活はもちろん、彼らの生活も、カニ漁にかかっているわけだからな。だから、一回ごとの網をどこに入れるかを決める船長の責任は重い。ちなみに、カニは魚群探知機では見えないから

浜坂漁港市場にずらりと並ぶ松葉ガニ。カニの季節には、地元兵庫県はもとより、京都や大阪、島根、鳥取からもたくさんの業者が買い付けにやってくる。

ということは、網を引き上げてみなければ分からないということですか?

そういうことだ。やってみないと分からん。でも、カニ漁は博打とは違うからな。運ではなく経験がものを言う。今はもう、季節ごとに海の中がどうなっているか、だいたい頭に入っているが、駆け出しの頃はまったく分からんかった。だから、1回ごとに、網を入れた場所、水深、網を引いた方向、獲れた量をノートに記録するわけだ。記録するとはいっても、単にデータを残すということではなくて、ノートに自分の手で書いて、何度も見直して、時に反省して、考えるからこそ、自分の血や肉にかわってくる。ある程度、経験を積んでからも、特に調子が悪い時は、去年はどうだったか、一昨年はどうか、といつもノートを見て、考えるんだ。

日付、網を入れた回数、位置(緯度・経度)、水深、網を引いた方向、漁獲量、カニの種類などを一行置きに記載。

1回網を引くたびに逐一書くのですか?

そう。船がどんなに揺れていようと、1回ずつ全部を記録する。そうしないと忘れてしまうから。漁師の中には、上手くいった時だけ記録する人もいると聞く。でも、失敗こそ書いておかないといけない。自分も船長になってから30年の間にたくさん失敗してきた。網をひっかけて破ってしまったりな。網が破れたら漁は続けられないから、港に帰らんといかん。すべての漁師が寝る間を惜しんで漁をしている時に、港まで引き返すロスは相当なもんさ。そういうことも全部書いて、たまに見返して、気を引き締める。丈夫なノートで助かっとるわ。

キャンパスノートは何年使ってもバラバラにならない丈夫さが取り柄でして。

やっぱそうなのか。だいぶ過酷な環境で使っとるが、どおりでバラバラになったことは35年で一度もないわ。

A罫の100枚綴じが多いのは何か理由があるのですか?

1ページに15回分書けて切りがいいからA罫。1シーズン分を1冊に収めたいから100枚がちょうどいい。

なるほど。結構繊細ですね。

よく家内にも体の割に小さい字を書くって笑われるんだ。こう見えても水産高校時代からよく勉強はしたんだよ。その頃からキャンパスノートに書くことで覚えたもんだった。キャンパスノートが発売40年なら、ちょうど発売された頃から使っていたってことだな。その時は、キャンパスを持っているだけで、ちょっとしゃれた大人になった気分がしたもんだった。あの時のうれしかった気持ちがあったからこうやって使い続けてきたのかもしれんなぁ。

数年前のノートを見ながら、「あの頃はこんなに獲れてたか」と振り返る川越さん。船の進歩と共に水産資源が減っているとか。

私たちが見たら数字ばかりのページでも、川越さんにとってはこの1行ずつに思い出と思い入れがあるんですね、きっと。

今回、コクヨさんが取材に来るなんていうことになって初めて気がついたけど、これは自分の人生そのものだ。これで家族を養ってきたし、これがあったから乗組員にも給料が払えたし、今も漁を続けていられる。自分が引退するときにはこの記録をもう一回整理しようかなと思っている。息子がそれを見て、どう思うか、どう使うかは、息子次第だけどな。

後を継いでくださるのは息子さんがいるのは安心ですね。

本人はプレッシャーを抱えていると思うけどな。第一次産業に元気がないと言われて久しいが、自分は、漁業が衰退する理由は2つだと思う。一つは後継者不足、もう一つは獲れる時に獲って、獲れなくなったらやめる、という考え方。これでは持続しない。

持続性ですか。

このあたりは漁に出る以外には何もすることがないような田舎だけど、だからこそ、この地域で50年後、100年後、息子や孫の代になってもずっと、安定的に漁をして暮らしていけるように考えるのが、自分ら大人の責任だと思っとる。自主規制の取り決めをしたり、水産資源を増やす取組みをしたり、浜坂漁協といえば、業界では先進的な取組みをすることで知られているんだ。
あとは若い人たちが漁師になりたいと思えるようにしないといかんな。ただこいつは結構難しい。漁師は3K(きつい、危険、汚い)どころじゃないからな。それと、最近の若い子らは、責任のある立場を望まない傾向があるな。

それは企業でも同様の傾向があるかもしれません。

時代の影響かなぁ。指示されたことはちゃんとやるんだけど、言われないとできない、あるいは、やらない子が増えているような気がするな。あえて責任を背負いたいとも思わないから、船長や機関長のなり手がいないのは悩みだな。特に機関長は船の運航を支える大切な仕事なんだがな。

最後に、プロの漁師さんとはどういうものですか?

いろいろあるが、やはり実績が一番だな。ただ、実績があるのと自信があるのは違う。自分には実績はあるけど、自信があるかって言われたらちょっと違う。だから努力を欠いたらいかん、といつも思っている。努力を支えるのは信念だ。人は信念がないと大成しないな。信念を持って、地道に足跡を残していく中で結果を出すのが大事なんと違うか。

今日はお忙しい中、ありがとうございました。

(インタビュー@川越伸二様ご自宅)

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